マイシネマ部長が気になった面白ネタをブログ形式でほぼ毎日提供中(ココロ ワークス営業日のみ)

みなさん、エコしていますか?

マイシネマ部長です。

エネルギーの枯渇、枯渇と声高に叫ばれていますが

実は地球にはエネルギーがたくさんあるようです。


■風・波・雨・・

みなさんも風力発電という言葉なら聞いたことがあると思います。要は「風」というエネルギーを電力に変えようという発電システムです。しかしそれ以外に「波」の力を使って発電しようというシステムがあるそうです。名づけて「波力発電」です。またそれ以外にも「雨力発電」というものがあります。これは雨の力を借りて発電するもので、なんと傘につけてLEDが発光するという商品があるようです。便利!

 

■再生可能エネルギーといいます

このように、自然界に存在する「繰り返し」のエネルギー流を利用し電力化する(もしくは別エネルギー化する)エネルギーを『再生可能エネルギー』と呼びます。それに対して石油・天然ガス・メタンハイドレートなどの化石燃料や埋蔵資源(ウラン等)のエネルギーのことを枯渇性エネルギーと呼びます。太陽光発電や風力発電は『再生可能エネルギー』、火力発電や原子力発電は『枯渇性エネルギー』です。

 

■よくよく考えれば無駄だったエネルギーたち

よく考えると私たちの周りには沢山の再生可能エネルギーが溢れています。例えば太陽光なんて最も良い例で、無駄に(「無駄」というのには弊害があるかもしれませんが)消費されているエネルギーにほかなりません。地球がいくら断っても、サンサンと降り注ぐ太陽は、地球に「熱」というエネルギーをもたらします。この太陽光を浴びているだけではもったいない(それどころか、太陽光を避けるためにみなさんいろいろ工夫をしている)です。それなら、その太陽光を電力に変えてみましょう。それ以外にも、風・雨・・・、私たちの生活で「歩く」というエネルギー、これもまだまだ再生可能ではありませんか?

・フィットネスジムで自転車漕いだりランニングしている人、あの機械は発電機につなげるべきでは?
・ジムのプールで発生した波は?
・駅のホームで傘を振り回すおじさんの傘を発電機にしたら?
・カクテルシェイカーを発電機にしてみたら?
・夜の繁華街の呼び込みの大声の音の波を・・
・ひとり、バーで飲む女性のため息を・・

そう考えれば私たちの生活のエネルギーは再生可能なものばかり。逆に言えば無駄ばかり。

 

■価値が変わる時代がくる

今後既存の枯渇性エネルギーが底をつきはじめると、次に必要なのは再生可能エネルギー・ないし新エネルギーの開発になるでしょう。どのみち変わらないのは、「結果」として私たちが利用するエネルギーにどれくらい変換できるかです。例えば、「カクテルシェイカー型発電機」を開発しても、デスクランプの電力すらまかなえないでしょう。であればその「カクテルシェイカー型発電機」の価値は「低く」なってしまいまいます。逆に「カクテルシェイカー型発電機」がとんでもない発電効率(それこそビル1つくらいの電力を賄える)のであれば、シェイカーが街にあふれ「渋谷の交差点は今日もシェイカーで溢れています」みたいなことになるかも知れません。友人との会話も「今日はどれくらいシェイクした?」「いやいや、仕事が忙しくってさ、たったの50KWだよ」みたいな事になるのかも知れません。そして電力そのものを販売する時代がやってきて「奥さん、今日は100円/kwで書いとりますよ。」「あら素敵!あなたー、頑張って発電して頂戴!」みたいなやりとりが一般化するかも知れません。


■メタボ対策にも

人間からエネルギーを出すためには、人間は運動をしなければなりません。歩く、走る、漕ぐ、回す、振る・・、様々な運動がエネルギーを生み出し、今問題になっている「肥満」も解消されると思ってしまうのです。しかし良く考えると、人間は動くために食べなければなりません。それなら『再生可能』な『自然エネルギー』というより、『枯渇性エネルギー』に近い存在なのでしょうか?しかし、食べることは人間の本能的な『幸福』です。それなら人間は『幸福』のために消費し、『幸福』のために生産するというなんだかよくわからない公式が成り立ちます。


■政府はとにかく

政府はとにかく、ある程度の運動を国民に課してみたらいかがでしょうか?「成人男性は毎月10KW以上の発電を義務付ける」みたいな。そしたら少しはエコ意識もあがるんじゃないですか?その電力分、税金を安くしてください。

 

記載者:自転車こぎながら、ランナーズハイになってしまったマイシネマ部長(が考えました)