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マイシネマ部長:山中 陽平 http://www.facebook.com/yamanakayohei

皆さん、崩壊していますか?
マイシネマ部長です。
適度に崩壊していますよ~。

さて今回から数日にわたってご紹介したいのは
「ゲシュタルト」についてです。

おお、いきなり意味不明ですね。

■この字ってこれでよかったっけ???
とりあえず手元の紙に、10回「仏」って字を書いてみて下さい。仏仏仏・・・イム?イム???あれれ?なんだか「仏」って字がわからなくなってきました。「片仮名のイとム??に見えてきた・・。あれれ?そもそもイってこんな片仮名だっけ???」こんなことよくありませんか?この「物事が全体性を失って、一部として認識される現象」を「ゲシュタルト崩壊」と呼ぶのです。さあ言ってみましょう。『ゲシュタルト崩壊』。どうです?IQが20くらい追加された気分になりませんか?

■カエルの歌は『ド』『レ』『ミ』『ファ』『ミ』『レ』『ド』の単体ではない!
そもそも崩壊した『ゲシュタルト』ってなんだよ?ということが今回の話題です。ゲシュタルトとは、「全体性をもったまとまりのある構造」や「総合ではじめて単一と認識される形態」をさします。わかりづらいですね。タイトルどおりに説明すると、『カエルの歌』を『ド』『レ』『ミ』『ファ』『ミ』『レ』『ド』という音が一つ一つ存在しているわけではなく、『ドレミファミレド』という音の連続によって認識されているということ=全体性を指すのです。別の例え方をすると、『仏』という漢字は「イ」「ム」という構造をもっていますが、「イム」と固まることで初めて『仏』と読むものであって、別に「イ」「ム」という単独では何の意味も無いということです。

■ゲシュタルトが崩壊した。
よってゲシュタルト崩壊とは、その全体性を失って単独で認識されてしまう「誤認識」を指します。これは同じものをずっと見ているとよく起きる現象らしく、高次な認知情報処理過程によく起きるそうです。しかし原因は不明とされていることみたいです。

■「直感を大事にする」の意味とは
このように同じものを注視しすぎると、全体性を失って誤認識を起こしてしまうことが実際あります。例えば企画書やデザイン案・・、仕事でもよくあることです。あまりに1点をみつめすぎて、その1点ばかり拘って最も肝心な全体的な意味や構成や構造を見失ってしまうこと。もちろん、1点に拘ることは重要ですが、全体性を見失ってしまうと本末転倒ということです。

では次回もこのゲシュタルトについて書きたいと思います。


記載者:マイシネマ部長崩壊

 

 

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