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マイシネマ部長:山中 陽平 http://www.facebook.com/yamanakayohei
皆様、8月も今日が最後ですね。
マイシネマ部長です。
先週いっぱい体調を壊していました。
例のインフルを疑われながら、扁桃炎という病(伝染りません)で高熱やのどの痛みに悩む毎日でしたが、
今は完全に復活していると言っても間違いないでしょう。
そんな中、考えていた事があります。
「今、無理して働いたら、何かろくでもない事があったに違いない」と。
本当にどうだったかなんて実はわからないのですが、
こういう考え方って精神衛生上、楽になりますよね。
■酸っぱいブドウってなんだ?
実は、こんな自分の状況に良く似た話があります。酸っぱいブドウの話です。イソップ寓話のひとつのらしいですが、自分は別の本で知りました。簡単に説明しましょう。
美味しそうなブドウを、キツネが見つけた。
食べようとして手を伸ばしたり、背伸びしたり、飛んだりはねたりするけれど
ブドウが高いところに生っているため、届かない。
諦めたキツネはいう。
「どうせあのブドウは、すっぱくて美味しくないのさ」
こうやって聞くと、「おろかなキツネ、負け惜しみを言って!」という教訓的な話だと思います。しかし私たちの生活の中に、「酸っぱいブドウ」のような経験は沢山あります。「欲しいもの」に手が届かないとき、その「欲しいもの」を『無価値』としてしまう。心理学者が言うには「防衛機制」の「合理化」という、私たちの心の平安を得るためのひとつの機能だというのです。
■酸っぱいブドウは食べられない、何故か?
この話において重要なのは、『「酸っぱいブドウ」は食べられない』という事です。この無価値なブドウは、一見非常に残念な存在ですが、実はそんなブドウは「存在しません」。なぜなら、これは「手に入れられない人」が心で作り出した「平安を得るため」の【幻】だからです。食べてしまえば美味しいはずなのです。万が一「酸っぱかった」としても、「酸っぱい」とは認めないでしょう(それも防衛機制ですね)。
■現実を受け入れないということ?
この「防衛機制」とは、話を聞いていると「諦めとか逃げるとか、自分を守るための何か」という、非常に「負」の機能であるように思えます。しかし、この防衛機制を否定する事はありません。むしろ、適切に使う事で非常に自分に有効に働く事が多々あると思います。え?本当?諦めない方がかっこよくない?
■諦めない=マイナス?
「諦めずにがんばった!」って一見素晴らしく美談に聞こえますが、本当の所どうなんでしょうか?逆に「諦めた」はとてもマイナスに聞こえてしまいますが・・。例えば、先ほどの「酸っぱいブドウ」の話で、
「キツネ」がブドウに届かないので、そこらじゅうの枝を集めて
頑張って足場を組んだ!
・・・が届かなかった。
キツネが、偶然近所にいた測量技術に長けたキリンに相談し
ブドウまでの高さを測ってみると、
かなり高い建造物・・例えば「塔」のようなものを建てねばならない事が判明した。
キツネは塔を建てるために全ての生活を犠牲にし、建築学を学んだ。
というのも、「建築」に日時をかけただけ、「ブドウの木」が成長するという
一種「追いかけっこ」状態だったからだ。
しかも、ブドウが枯れてしまう可能性もある!
キツネは努力した。
春の豊潤の季節に目もくれず、
ビーバーに頭を下げ、建築学の基礎を学び
キノコシロアリに弟子入りし、塔の建築を学んだ。
恋人との別れ、友人の死、生き別れたはずの兄弟との邂逅・・。
そして数年後、ついに塔は完成した。
手を伸ばした先に、たわわに実るブドウを手にしたキツネ。
そのブドウを口にしたとき、キツネは言った。
「ほらみたことか!酸っぱく無いだろう!!!」
とで言ったら、ハリウッド的には面白いかもしれませんが、
傍からみたら「他のブドウの木を探せよ」ですよね。
完全に時間の無駄です。
その才能を「ごんぎつね」を救うために使って欲しいです。
■要は「タイミング」
確かに「諦める」のがベストとは思いませんが、「諦める」タイミングを見極める、これはとても大切です。そのためには、常に「情熱的な自分」と「冷静な自分」がバランスよく付き合っていくことが大切ですね。
記載者:ごんぎつねで泣くマイシネマ部長
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