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マイシネマ部長:山中 陽平 http://www.facebook.com/yamanakayohei
皆様、勘違いしてますか?
マイシネマ部長です。
先日、妻が恐ろしい発言をしてきました。
以下会話
妻 「なぁなぁ、ウイイレって知ってる??」
部長「知ってるも何も、ウイニングイレブンやろ?」
妻 「それって何?」
部長「サッカーのゲームやん・・?」
妻 「・・そんなんあるんや・・。わからんかったからウクレレやと思った」
とある文章で「ウイイレうまくなった?」と書いてあったのですが、
ウイイレというボキャブラリーが無い妻は「ウイイレ?ウクレレの誤植かな?」と思ったそうです。
彼女の出した結論は「ウクレレうまくなった?」。
確かに文意は通りますが、ウイイレが上手くなるのとウクレレが上手くなるのでは天と地ほどの差があります。
■「ぼくは、きのう か○しゃで 仕事をしていました」
人間は観たり聞いたりしたことに、すべて的確に認識しているわけではないのです。大まかに情報をみて、「不完全な情報」を「脳内に蓄えられた知識」で補う事で、尤もらしい情報に置き換えるそうです。多少の間違いであれば、自分の脳内で正解である文章に置き換え、許容できるのです。たとえ、「?」と思うような文章でも読めてしまいます。「ぼくはきのう、か○しゃで、しごとをしていました」。この文章をどう読みますか?よっぽど注意していない限り、「会社で仕事をしていました」となるでしょう。しかし「感謝」で仕事をしていたら?滑車で仕事をしていたら?実はこの認識は、人によってかなりの誤差があり、これまでの経験や前後の文章量、知識にかなり左右されると言う事です。例えば、普段「滑車」で仕事をしている人には「滑車」になるでしょうし、感謝こそが仕事の原動力!という人もいるでしょう。実際、妻は「去年初めてDSの電源の入れ方を知った」という新人類で、ファミコン世代にも関わらずファミコンの経験はなく、みんながゲームの話題で盛り上がると「外国語で話してるみたい」と言わんばかりの表情を向ける人です。逆に何故か「ウクレレ」に勤しんでいた事があるそうで、「ウクレレ」という単語が非常に一般的な部類の人だった、ということもひとつの要素です。そんな人に「ウイイレ」と言ってもわかるはずもなく、「ウクレレ」になってしまっても当然だという事です。(当然かなぁ・・?)
■「早とちり」と思ってませんか?
この現象は、早とちりとはちょっと違います。早とちりは「急ぎすぎて認識を間違う事」ですが、これは何度読んでも間違えてしまうことです。これは「知識が生む誤解」ということでしょう。こんなことは実は結構あります。「メンヘル」を「メルヘン」と思ったり、「ジングル」を「シングル」と思ったり、「ドングル」を「ドングリ」と思ったり・・、でも本来の意味を知らないときに「知らない言葉だなぁ」と思う前に「何かと間違っているのかなぁ?」と思ってしまいますよね?たぶん、子供は「何それ?」と純粋に聞き返すと思います。
■誤解があると問題になる?
「じゃあ、そういうことにならないようにどうすればいいのか?」という疑問ですが、ありとあらゆるものに触れ、知識を蓄えるのがベストでしょうが、そんなこと現実的では無いでしょう。それよりも、誤解された側に「ちょっとの誤解を笑い飛ばせる余裕」が欲しいところです。もちろん、とても大事な話を聞き間違えると大変な事になってしまうので、話を聞くときは集中しましょう。
記載者:「スーファミは音階だ」と思っていたマイシネマ部長
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