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マイシネマ部長:山中 陽平 http://www.facebook.com/yamanakayohei
皆様、感覚を信じていますか?
マイシネマ部長です。
皆様、ご存知のとおり、マイシネマ部長は趣味で写真を撮っているのですが
デジタル・フィルムの比率が9:1くらいになってきました。
もともと、今のカメラになってから7:3くらいだったのですが、どんどんデジタルが主流になっています。
しかし今でもフィルムの写真を見ると、「やっぱりフィルムの方が表現力が豊かだよな~」と思ってしまうんです。また幸い仕事でもプロのカメラマン様の写真を見ることがある中で「フィルムはイイですね!」と言ってしまう場面が多々あります。
と思っていたのですが、実は最近とある記事を見て驚愕しました。「色の範囲はフィルムに比べデジタルカメラの方が優れている」というのです。ええ!?本当?
■【色の範囲】って?
まず説明をはじめる前に、「色を表現する範囲」という言葉の意味について確認しておきたいと思います。こんな体験した事ありませんか?空をバックに人を撮ると、「空の色は青いのに人の顔が真っ黒の影になった写真」。または「人の顔はバッチリだけど、青い空が真っ白に飛んだ写真」。これは「色を表現する範囲」によって起きる現象です。これは人間の目で見ている【色が出る範囲】と、【フィルム(デジタルカメラも同様)に写る範囲】が違うから起きる現象なんです。実は私たちの目が観ている風景は、かなりの「色の範囲が広い」です。人間の目は「空の明るさ」も「人間の顔の暗さ」もとりあえずキチンと見えるんです(これに関しては様々な説がありますので、とりあえず、「見えている」ということだけわかっていてください)。高性能ですね、しかしカメラはそうは行きません。写る「明るさ」の範囲が決まっているのです。例えばカメラの目を、「空」の明るさにあわせると「人間の顔」は暗すぎて、色がのらなかったり、「人の顔」にあわせると「空」が明るすぎて色が飛んでしまったりするのです。しかしカメラは人間の目のように「どちらも」適正に写すほどの性能をもっていないので、どちらかが暗く(明るく)なってしまうんですね。その「明るさ」が写る範囲こそが、ここでいう「色の範囲」だと思ってください。(正確には、フィルムで【ラチチュード】、【デジタルのダイナミックレンジ】という言葉があります。)
■デジタルの色の範囲、狭いと感じていませんか?
皆さんがいままで写真を撮られてきて「人の顔が暗い!」「空が白い!」などという経験は、デジタルカメラとフィルムのどちらが多いですか?なんとなく「デジタルカメラ」が多い気がしませんか?その経験は一般的なことで、やはりWEBで検索しても「デジタルカメラはダイナミックレンジが狭い(色の範囲が狭い)!」という言葉が氾濫しています。しかし先日、それと全く別の話が掲載されていたのです。「デジタルカメラの方が色の範囲が広い」と。それについて、疑問を感じたので色々調べてみると、どうやら確かな情報のようです。そして、かなり以前から「デジタルの方が色の範囲が広い」という意見はあったのです。しかし体感的に「デジタルは色の範囲が狭いなぁ」と思っていたので、思わずフィルムの方が優れていると思って、気付きませんでした。恐ろしい。
■では何故デジタルは「狭い」と感じるのか?
デジタルが理論上、色の範囲が広い理由をここで説明するのは非常に困難です。興味がある人はマイシネマ部長に問い合わせてください。本当に興味がないと退屈なので、本当に興味がある人だけお願いしますね・・。さて、何故デジタルが「色の範囲」が狭いと感じるのか?大まかに3つ理由があるのですが、
◆デジタルの色の範囲が狭いと感じる3つの理由
①「フィルムの方が色の遷移が滑らかな事」
②「フィルムの方が白とびに強いこと」
③「フィルムの方が色の幅が狭い事」
なんです。①、②が理由なのはなんとなくわかってもらえると思います。
①は、デジタルはどうしても約1677万色で色を表現するため、色の微妙な表現が苦手なときがあります。微妙な色が出ないから、「色の範囲が狭い」と感じてしまっているのかも知れません。②も、フィルムに比べて「白とび」が発生しやすい傾向ということは、よく白とびしてしまうということ。確かに、白飛びすると「色の範囲が狭い」と感じますよね?これも理由があるのですが、ここでは割愛します。しかし「フィルムの方が色の範囲が狭いから、デジタルの方が色の範囲が狭く感じる」ってなんだかおかしくないですか?
■サクラ、何色?
「フィルムの方が色の範囲が狭いから、デジタルの方が色の範囲が狭く感じる」というのはおかしいとです。だって全く逆なんですから。しかし私たちの感覚を考えれば理解する事ができます。「色の範囲が広い」というのは、良い意味でも悪い意味でも「よく写る」ということです。結果的に「影」で押しつぶされているようなモノも適切に表現するため、「メリハリが無い」写真が出来上がってしまいます。それに比べフィルムは全体的に光と影のメリハリが出やすくなります。現実世界はどうであっても、人は「記憶」の色を頼りにするため、事実以上に「メリハリのある写真」を期待しています。それは実際、目で見たものがどうだったとしても。その最も良い例が、「サクラ」と言われています。日本で有名なサクラ、ソメイヨシノを写真で撮ったとき、仕上がりとして納得する色は何色ですか?「紅色からグラデーションのかかったキレイなピンク色」と思っていませんか?本当は「白に限りなく近いピンク」なのですが。ソメイヨシノを写真に撮ると、『忠実な』カメラは素直に「白に限りなく近いピンク」を示します。そしてその結果をみて「巧く撮れない!」と嘆いている人を良くみます。これは、私たちの記憶になるときに「色が濃く」刻まれている事が原因だと言われています。それを「記憶色」と言い、昔の写真現像屋さんはこの「記憶色」を出す腕も含まれていたというほどです。つまり本当の色と「記憶にある色」とは別なんですね。
■ほっとする写真ってなんだ?
フィルムの写真を見て思うのは、「空気感」だと言われますが、これはまがいも無く見る人間の経験や記憶が積み重ねてきた、「作り出された感覚」だと思われます。現にフィルムの写真と目で見た景色を比べると、「写真」の方が綺麗に感じてしまうことが多いと思います。すでに写真は錯覚、という事になります。そういう意味では、デジタルカメラの【色の範囲が広い】事は「現実に近づいてしまった」ということでしょう。それが結果的に「デジタルは色の範囲が(記憶に比べて)狭い(のっぺりしている)」という錯覚をもたらしたのだと思います。
■知っているのと知らないのとの違い
このデジタルとフィルムの違いを知っていると、もしかするとデジタルカメラと向き合う姿勢も変わるかも知れません。「自然な風合いを出したい」「柔らかい雰囲気で撮りたい」「フィルムのように撮りたい」。それもきっとデジタルなら可能だと思います。要は「現実離れ」をしてしまうことです。どの程度「離れ」られるかは撮影者次第といったところでしょうか?
■だからフィルムがいけないのではない、デジタルがいけないのではない
時々、フィルム・デジタルの写真論争があるのですが、結論はまだまだ見えません。本当はフィルムが究極の写真の形態であることを再確認したくて、誰もが夜な夜な「論争」を組み立てているだけかもしれません。いわば、レコードとCDの論争のように。ただ忘れてはいけないのは、この論争は決着がつかないですし、だからといって話すことを止めるべきではありません。なんといっても、話をするたびにノスタルジックと現実に酔う事が出来る格好の酒のあてですから。
記載者:写真にしろなんにしろ、機械は使い手の腕だと信じたいマイシネマ部長
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