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マイシネマ部長:山中 陽平 http://www.facebook.com/yamanakayohei
皆様、何ボルトですか?
マイシネマ部長です。
前回に引き続き電池の話題です。皆さんも電池って手にされること多いですよね??
■便利な乾電池、誰が作ったの?
「乾電池」っていうけど、何故「乾」なのか、皆様ご存知ですか?実は乾電池の前に、湿式の電池「ボルタ電池」というものがありました。1800年にイタリアの物理学者・ボルタが発明したものです(ちなみに今の「ボルト」というものはボルタさんが語源だそうです)。これは非常に取り扱いが危険なものだったそうです(爆発しやすい水素が発生する)。とてもではないですが今の電池のような使い方は出来ませんでした。そしてそれを考慮した電池が湿式の電池「ルクランシェ電池」と呼ばれるものです。これはフランス人のルクランシュさんが開発したもので、いまのマンガン電池の原型ともいえるものだそうです。この電池、危険性はなくなったのですが汎用性が低かったようで、そもそも取り扱いが難しい・冬には凍ってしまったりするという欠点があったそうです。そんな電池に業を煮やしたのが日本人の屋井先蔵(やい さきぞう)さんでした。
■屋井先蔵、何故電池を?
文久3年12月5日(1864年1月13日)に生まれた先蔵は時計屋の年季奉公があけ、高等工業学校の入学試験を迎えていた。しかし彼は試験に5分遅刻してしまいました。わずか5分の遅刻のために入試会場に入ることを許されず、彼は受験を失敗しました。彼はそのとき、よほど悔やんだのでしょうか、「時計の遅れをなくす」ということに心血を注ぎました。そして彼は電気の力で多くの時計を連動して時を刻む"連続電気時計"の開発に取り組み、成功させました。その時の時計で使っていた電池がルクランシュ電池でしたが、これがどうも使いづらく「電池をもっと使いやすく出来ないか?」と考え『乾電池』を発明したそうです。このとき屋井先蔵さんは弱冠21歳、発明家として将来も開けていそうなものですが・・。
■ 『乾電池』を発明した日本人が有名じゃないわけ
世界的に有名な日本人は数多く居ますが、どうして屋井先蔵さんは有名になれなかったのでしょう?それは当時の日本には「乾電池」を使う製品もあまりなく、そもそも「乾電池」なんていう怪しいものに投資してくれる人が居ませんでした。そのため、彼の生活は困窮を極め、また乾電池に関する特許もとれず(当時の特許申請には莫大な費用が必要だったそうです)でした。そしてその「乾電池」の凄さに目をつけたのはドイツ人のカール・ガスナーさんでした。彼はなんと、その「乾電池」の特許を取得してしまったのです。(その後、デンマークのヘレンセンという方も特許を取られています。)そしてその後、屋井式乾電池はアメリカ企業に模倣され、「ドライバッテリー」として日本に逆輸入されていました。当時の日本は「日本が外国からとるものは多くても、外国が日本から取るものは少ない」という考えに基づいて立法されてことに起因する問題でした。後世歴史的研究がなされ屋井先蔵さんはやっと「乾電池を発明した人」として認められましたが、いまでも「乾電池を発明した人はカールガスナー、ヘレンセン」という名前が挙がる事が多いようです。
■日本は意外と真似されている
日本は、諸外国に対してどこかコンプレックスがあるようで、どうしても「アメリカ式」「ヨーロッパ式」にあこがれてしまう部分があります。しかし日本には諸外国が真似るようなことがたくさんあるようです。特に美的な部分のみならず、科学分野・味覚なども世界に肩を並べるどころか、真似される事もしばしばです。
さて次回にはその「日本が真似されたこと」に着目して
「著作権」「肖像権」の考え方について話できれば素敵だなぁと思います。
記載者:前回帰りにマンガン電池を買い忘れて嫁に笑われたマイシネマ部長
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