若干時期を逃した感がありますが、
オリンピックについて調べました。
オリンピックって他の競技会に比べて特別視されていますが
そもそもなぜ特別なのか、
その辺を調べました。
まずオリンピック復興計画を提唱した方をご紹介せねば始まりません。
「近代オリンピックの父」といわれるピエール・ド・クーベルタン男爵です。
この方、若いうちから教育学に興味を持ちイギリスやアメリカに留学しておられます。
彼はフランスで敗戦を引きずった暗い情勢で育たれたそうで
積極的に、かつ紳士的にスポーツに取り組むイギリスの青少年や
階級や伝統・慣習に縛られない自由なアメリカの風土に大きな感銘を受けます。
当初は「自国の教育改革のために」スポーツを取り入れる必要性を感じたクーベルタンでしたが、世界を視察するにつれ次第に教育の枠を超えスポーツが果たしうる役割、「国際交流」「平和」を意識するようになったといいます。
これがまさに平和の祭典といわれるオリンピックの概念の礎となったと思われます。
この平和の祭典の定義をクーベルタンの言葉でいうと
「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」
「オリンピックの理想は人間を作ること、つまり参加までの過程が大事であり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる」
ということになるでしょう。
なんとなく聞いたような内容だなぁ。
とお思いでしょう。
ふぅーん。
てなもんでしょう。
私もそうでした。
でもしかし、これを体現してきた選手はたくさんおられるのです。
ヨット競技で海に投げ出された他国の選手を
躊躇することなく100M逆走して救助した選手。
同国同士の2位3位決定戦を辞退し、
今後の期待を込めて後輩を2位の表彰台に上げた日本人棒高跳びの選手。
かつて金メダルを獲得した地で起こったユーゴスラビア紛争を嘆き
反戦の歌に乗せて舞うために出場を決意した、引退して久しいフィギアスケーター。
祖国を侵略されたことに講義し、黒いレオタードで出場し、
後に危険分子として政府にマークされ所属していた体操クラブから追放されるも
自分の信念に正直に、意志を貫き通した体操選手。
オリンピックは現在、日本に限らず多くの国で
協議いわゆる普通の競技会になってしまったようにおもわれますが、
当初の理念を忘れずにオリンピックの舞台に立っている選手はいるのですね。
1984年。ロサンゼルス大会の頃からオリンピックは
ショーアップが図られるようになり、
大会ごとに企業のスポンサーをつけるなど商業資本を大幅に導入し、
オリンピックは一大ビジネスチャンスとして注目されるようになりました。
その後ますます商業主義は加速し、
近年では誘致活動にIOC委員への賄賂が提供された事などが問題になりました。
現在のオリンピックの収益には、
毎回のオリンピックにおいて中心となる「ワールドワイドパートナー」である
マクドナルド、コカ・コーラ、コダック、松下電器をはじめ、
さまざまな企業から収益が重要になっています。
1996年のアトランタ大会では、
主要なスポンサーであるマクドナルドのフライドポテトの容器を模した聖火台が
使われていたそうです。
当初クーベルダンがオリンピックの復興を提唱し思い描いた理想のオリンピックとは
かけ離れたものになってしまっているような気がします。
何事も最初に思い描いた理想通りになるわけじゃないかもしれません。
でもだからといって最初の志を忘れてしまうのは愚かなことです。
大きな理想を思い描いてはじめたことも、
いつの間にか妥協し、流され、結果つまらないものになってしまうことは
残念なこと。
そう感じました。
さけでした。
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