こんにちは。
世界一の順番がまわってまいりました。
早いですよ、ペースが。
しかし、しっかり調べました。
今週の世界一はですね、世界最古の企業でございます。
ご存知の方も多いと思います。
なんせ日本の企業ですから。
金剛組。
寺社仏閣建築の設計、施工、城郭、文化財建築物の修理などを主に手がける建築会社。
一時経営危機に陥り、2005年高松建設の傘下に入り寺社建設事業を譲渡、大半の従業員も転籍しましたが現在は本業の宮大工にたちもどり、100人以上の宮大工を抱えておられます。
そんな金剛組さん、なんと1400年以上の歴史を持っておられます。
1400年といってもぴんと来ない方も多いでしょう。
西暦578年創業といえばお分かりいただけるでしょうか。
飛鳥時代でございますよ。
すごくない?
すごいんです。
とりあえず金剛組の1400年を振り返ってみましょうね。
こっからだいぶ長いですよ。
お忙しい方は時間あるときにまた来てくださいよ。
えー、578年、飛鳥時代でございますね。
聖徳太子の命を受け、四天王寺を創建するため百済の国(現在の韓国)から3人の技術者が招かれました。
その一人が金剛組初代当主となります金剛重光(柳重光 ユ・ジュングァン)でございました。
593年の四天王寺創建時、当初計画にありました講堂と回廊の建築を残しており、これら全てが完成したのがそれから百数十年を経た奈良時代初期でございます。
はいもちろん、重光さん亡くなられておられます。
なんとその時、重光さんから後2代の時が流れておりました。
当時、自分の作品の完成を見られないことも多かったゆえ、仕事に対する執念とも言うべき思いというのも大きかったでしょう。
技術だけでなく、その精神をいかに確実に次の世代に伝えるかということが大切だったのではないかとおもんばかります。
607年のことですが、またもや聖徳太子の命を受け法隆寺が創建されます。
聖徳太子の命令受けすぎですね。すごいです。
皆さんご存知の通り世界最古の木造建築群でございます。
重光さんとともに渡来した2人の工匠たちの手によるものです。
日本の二大歴史遺産であります法隆寺と四天王寺を築いた工法は、
現在の金剛組の組み上げ工法に息づいているそうですよ。
えー、すでに疲れてまいりましたが、まぁ一気に戦国時代に入りましてぇ、1576年。
四天王寺が織田信長による石山本願寺攻めのとばっちりで伽藍が全焼してしまいます。
秀吉によって再建されますが1614年、大阪夏の陣で再び焼け土と化してしまいます。
もったいないことです。
創建当時の姿はもう見れないのです。
火事と戦争は、全く何もおかまいなしです。
恐ろしいものです。
そして江戸時代。
金剛組は四天王寺お抱えの宮大工として毎年定まった禄をあずかっておりました。
つまりお仕事なくてもお家安泰の日々を送ってたんでございますね。
しかし明治に入り、文明開化の波が金剛組を大きくゆさぶります。
1868年。
廃仏毀釈の令が出され四天王寺は寺領を失い衰退の途をたどり、それに伴い金剛組も試練の時代に突入いたします。
昭和に入りまして。
37代金剛治一さん。
この方無類の職人気質でして営業活動なんてさらさら念頭にございませんでした。
そこに追い討ちをかけるように日中戦争の影響で工事がストップし倒産の危機に陥ります。治一さん、これを先祖にわびて切腹されております。
背負っているものが違います、1400年という時の重さに押しつぶされてしまったのでしょう。
私などには推測する事も不可能な重さなのです。
1955年、戦時中です。
会社統廃合策や仕事の減少による危機を軍事用の木箱の製造などで何とか命脈を保ち、
昭和30年、株式会社として金剛組が誕生します。
39代金剛利隆さんは経営の近代化を図り、一般建築も手がけられる用になります。
鉄筋コンクリート、これを使用して日本建築の優美さやあたたかみを損なわず防火、防災、経済性にすぐれた工法を開発し、デザインと構造の幅をぐんと広げられました。
金剛組さんはおっしゃっております。
「伝統技術を磨き、近代技術を究めたい。」
古いものも大切にしながら、新しいものも取り入れる。温故知新ですねぇ。
一見ありきたりな言葉に聞こえます。
しかし金剛組の背負うものはなんせ1400年でございます。
1400年間、圧倒的な荘厳感、極楽浄土の具現化、神仏の前での万人の純粋さ、
そんな嘘みたいなテーマをつきつけられながらものづくりをされてきました。
今となっては伝統と技術を受け継いでいるだけと思われがちですが、
もとは偉大な先駆者であり、神と見まがうほどのクリエイターであった。
その精神を受けつぎたい、そんな風に私には聞こえましたよ。
ところで世界中で100年以上の歴史を持つ長寿企業がどのように経営されているのかが調査され「リビングカンパニー」として出版されております。
それによると長寿企業には4つの共通点があるそうです。
1つめ。
環境の変化に対して敏感である事。
2つめ。
強い結束力があり、企業組織全体の健康状態を大切にする経営者に経営をゆだねている事
3つめ。
連邦型の経営を行って、現場の人々の判断を大切にしていること。
4つめ。
資金調達に対して保守的で質素倹約を旨としていること。
だそうです。
中でも3つ目。
連邦型の経営を行って、現場の人々の判断を大切にしていること。
これは金剛組の特色をよく表しているように思います。
江戸時代、技術も優れ人望も厚かった32代金剛八郎喜定という方の遺言が残っております。
次の棟梁になるであろう息子に宛てたものの中に
「どんなことがあっても親類が集まり、相談の上万事取り計らいをし、自分勝手な事をしないようにしなさい。」
つまり当主が勝手な判断で行動せず、人の判断を大切にしなさい。
という旨が書かれていたそうです。
それはその後の金剛組の精神に大きな影響を与えたといいます。
また、金剛組は大きな組織の中に小さな8つの組があり、
組同士が切磋琢磨し、技を競い磨きをかけ仕事を取り合うという方法をとっています。
金剛組本体は各組の力量を評価し仕事を割り当てるそうです。
また、各組は技術の後継者も自ら発掘し育てるのだそうです。
そう。
技を出し切れる環境と人を大切にせざる得ない状況を同時に実現しておられるのです。
一見古くて封鎖的に見えますが、よく見てみると内部に効果的な競争が存在している、なかなか厳しい方法ですがこれが人を大切にするという事であり、1400年莫大な年月金剛組を支えてきた大きな要素であると思いました。
歴史というのはココロワークスにないものの一つでしょう。
そして、これから着実に築き上げていかなければならないものです。
こんなご近所に世界一の歴史を持つ企業がいらっしゃるんです。
是非に参考にさせていただきましょう。
いやぁ、長い間お付き合いいただきました。
ありがとうございます。
という事で、ここらでおひらきまた次回。
「さけ」でした。
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