世界一になったものには、何か理由があります。 その理由に触れて、僕らも世界一になりましょ~。

みなさんこんにちは。

ココロワークス写真部部長です。
写真って、いいですよね。
ファインダーのぞいて美しいものを見つけちゃうと
思わずシャッター切ってしまう。
でも

今回の世界一のテーマは「美」
ただ、「美」というテーマでは色々あるので
「日本が世界に誇る『美』」というテーマにします!

というわけで
2007年度、ミスユニバースは
みなさんご存知の通り、森 理世さま!
素晴らしいですね。
日本人二人目のミスユニバースの栄冠に輝きました。
その美の栄冠、まさにその冠も実は日本が誇る世界一なんです。
そのパールが施されたクラウン、
これこそまさに、「MIKIMOTO」のパールなんです。

MIKIMOTOは、みなさんご存知の通り、
御木本 幸吉さんが作り上げた真珠のブランドです。

御木本さんは、一般の人ではとても手が届かないような
「天然真珠」を
真珠の養殖に成功し、真珠を身近なものにした功労者です。
養殖と侮る事無かれ、
その御木本さんの真珠の美の追求は、
天然とは全く区別の付かない真珠を生み出したのです。


その御木本さん、
来歴はどこかで調べてもらうとして、
数々の逸話をご紹介します。


【逸話1】「エセ錬金術師」

御木本さんが作った「養殖真珠」は
あまりにも出来がよかったため、本物と見分けが付かず
今まで「天然真珠」を売りにしていた
ヨーロッパ圏の宝石商達から「詐欺師」呼ばわりされてしまいます。
あげく、その流れは「偽物を売りつけた」という訴訟に発展しました。
フランスでは「ミキモトパール」輸入禁止にまで発展する事態になりました。
しかし御木本さんは、
様々な訴訟をオックスフォード大やボルドー大など
地元の海洋生態学の権威を証人に立て、正論をもってこの事態を突破する。
 原告である宝石商側の敗訴が続く中
最後までミキモトを拒否し続けたフランスも、
1927年(昭和2年)「養殖真珠は天然と変わらぬもの」という判決がフランスの裁判所で出されるに至り、
逆にヨーロッパ全土で、
「ミキモトパールは本物」と認められ、
ブランドを高めたのです。


【逸話2】「焼き討ち・・やりすぎでは・・?」

1930 年代の昭和初期、
これまでの御木本さんの努力の甲斐もあってか真珠の人気は一層高まり、
それに伴って真珠養殖も広く行われるようになりました。
ところが、
品質を維持できない養殖業者も同時に増え続け、
粗悪な真珠までもが市場に出回るようになってしまったのです。
これは真珠の美しさを追求する御木本さんには
かなり苦しい出来事だったといえるでしょう。
御木本さんは「養殖真珠の品質を守って欲しい」という国内外からの強い要請を受け、1932年に日本養殖真珠水産組合を設立。
さらに当時外国との取り引が最も多かった神戸商工会議所前広場で燃え盛る炎に低品質な真珠を次々と投げ込むパフ
ォーマンスを自ら演じ、品質へのこだわりを社会に問いかけました。
そしてのその模様は世界中に流れました。
ミキモトパールのこだわりとブランド力は
更に世界を席巻します。


【逸話3】「恩人にそんな事しちゃいけません、珠に瑕」

ある恩人の紹介で訪ねてきた客に
[お土産に好きな真珠を十個選びなさい]と
三、四百個の真珠を出した。
客は喜んでその中から選び出したものを御木本さんは、
「あなたの選んだものはみなクズばかり」と笑い
御木本さん自ら選んであげると、
拾い出したものは光沢、丸み、大きさこれ申し分ないが、
どの真珠もわずかなキズが見えるため、
その客が除いたものばかり。
御木本さんいわく、
「昔から『玉にキズ』といって良いものには必ずどこかにキズがある。
真珠は首飾りや指輪に加工するから
キズがみえぬ様に穴をあけたり手をいろいろ加えれば、
そのキズは無いものにできる。
人間を選ぶときも同じことですよ。」
と言ったそうです。






この逸話、すべて一貫性が無いように見えますが、
ひとつ貫かれた姿勢があります。

「美」に対する執着と「真珠」に対するこだわりです。

この姿勢がMIKIMOTOを世界の美の象徴としてのぼりつめさせたゆえんでしょう。


彼はこんな事も言っています。

・人はなにか一つのことに気狂いにならなければ、とうてい人並み以上にはなれない。

御木本さんは間違いなく
その事に気狂いになり、人並み以上となったということでしょう。



そして2007年、ミスユニバースの森 理世さんの頭上に
MIKIMOTOのクラウンが輝いたのです。


世界一を決める舞台で見た
日本が誇るふたつの世界一を紹介しました。