世界一になったものには、何か理由があります。 その理由に触れて、僕らも世界一になりましょ~。

写真部部長です。

やはりココロワークスと言えば映像、映像と言えば映画、
映画と言えばアカデミー賞!!

 

というわけでアカデミー賞にスポットをあてた
世界一のご紹介です。

 

今年のアカデミー賞、栄誉ある作品賞はやはり「ディパーテッド」でしたね。
クリント・イーストウッド監督の硫黄島シリーズも注目でしたが、残念無念の1冠のみ。
菊地凛子さんも惜しくも受賞を逃してしまいました。

こんなアカデミー賞、散々酷評される事が多いのですが
それでもやはり人気ある映画、ある一定の評価がある映画のみが選ばれていくんです。
(もちろん、選ばれなくても良い映画はたくさんありますが。)
これまでのノミネート作品をみると世界の映画の時流を垣間見る事ができました。
時代に合わせて、映画も変わっています。

まず
大きくは「総制作費」。
これがもう本当に大きく変わったと思います。
最近ではこの「総制作費」が下がってきているんです。
映画の宣伝で「総制作費何億ドル!」という、
意味のわからないキャッチを謳っていたのも遠い昔です。
今思えばおかしい話なんですがね。
「総制作費200億ドル」でも面白くない映画も出来ますし、
「総制作費7億ドル」でも面白い作品はあります。
(CG等の技術が発達したため、総制作費がかからなくなったという考えもありますが、
CGを使った方が総制作費が高くなる事例も多いので、今回は考慮しませんでした。)

その次に「舞台の距離が近くなった」、
これは大きな波があるのかもしれませんが、
現代を舞台にした作品、しかも共感を生みやすい作品が増えてきている状態です。
自分たちの現実に起こってしまいそうなリアリティを孕んだ作品と言うべきでしょうか?

例えば1990年代を代表する、「シンドラーのリスト」「逃亡者」「タイタニック」などと
21世紀なってからの「アメリカンビューティ」「ミリオンダラーベイビー」「クラッシュ」
などではかなり毛色が違う作品が台頭しているイメージです。

これは良い意味では「舞台が近くなった」とも考えられますし、「舞台が狭くなった」とも考えられます。
どちらにせよ、やはり「現実に起こってしまいそうなリアリティ」という意味が捕らえられます。
(上記作品が面白いかどうかは別として、評価されているので挙げました。)

この2つの事例から感じられるのは
こういう、「本質」というものに対して
、視聴者の目が厳しくなっている時流を反映した結果ではないでしょうか?

まず、「制作費」は高くても薄っぺらい作品はいくらでもある、という事。
面白い作品は「金銭」だけでは作れないという「本質」に対する社会的な価値観の向上。
そして「舞台が狭くなった」事も、
「リアリティ」をどこまで演出し、
映画として引き込む本当の力を求められるようになった。という事でしょう。

映画は嗜好品ですが、それでもメインストリームと言うものがいつも存在します。
そのメインストリームが、「本質」ということであれば、それは世界的に見て、
「良い映像は、理解してもらえる時代が来た」とも考えられますし
「映像というものが、小手先勝負では勝てない視聴者に囲まれはじめた」
という見方も出来るわけです。

ココロワークスは「本質」から良い映像を真剣に作れば、
現在のメインストリームであろう、質の高い視聴者・使用者から指示され、
世界一となること間違いナシでしょう!

そしてウエディングフィルムでオスカーを奪い取るのです!!!


記述者:写真部部長