ココロワークスの仏部(仏像同好会)がお寺や仏像について語ります。

裸じゃイヤ。

2010 5月24日 16:55

どうもみなさんこんにちわ。ぶちょうのふじやんです。

昨日は関西は雨に見舞われました。

が、雨もまた風情。

ひさびさに奈良のお寺に出かけてまいりました。

 

璉珹寺(れんじょうじ)というお寺です。

こちらには、女人の裸形の仏様がいらっしゃるのです。

秘仏ですから毎年5月だけ扉をあけていただいて拝観できます。

 

半年ほど前から行こうと決めておりました。

ようやくお目にかかれて幸せ。

なんてったって事前にお寺の前を何度もとおり、

場所を頭のなかにインプット。DVDを見て気持ちを高めておったのです。

 

ならまち付近の住宅地にこぢんまりと佇むお寺。

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門を潜り抜けると白と紫の花を同時にさかせる珍しいお花が

迎えてくれました。どえらい香りがします。わたしにはちょっとキツすぎるぐらい・・・

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お花の名前は忘れました。

ちいさいながらもキレイに整えられたお庭。

毎日こんなお庭を眺めてぼんやりできると幸せだなあと思います。

雨に濡れて、さらにきれい。

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さて、肝心の仏様。

全国でも裸の仏様は数えるほどしかありません。

そのうちのひとつがこの阿弥陀さま。

仏さんは性別がはっきりしてないのが多いですが

こちらの方は完全に女性としてつくられ、はっきりと女性のしるしがされているとか。

 

光明皇后をモデルにしたといわれ、色のしろいべっぴんさんであります。

肩幅も華奢で、品がある。

目があってるかあってないのか、わからない目線で

じぃーっとなにかを見つめるような。

冷たいような温かいような不思議な目。に感じました。

 

仏さんの表情を見るのは自らを映し出すのと同じだ、なんてよく言われ、

自分がおごり高ぶっている時にはそんな風に、

おだやかな心でもって見る時にはおだやかに見えるって言うから不思議です。

 

この阿弥陀様は50年に一度、お召し物を履きかえられます。

あ、言い忘れてましたけども、裸ってゆっても完全裸じゃないです。

 

裸はちょっと・・・女ですから。お恥かしいでしょ。

袴をはいてますの。

あ、でもトップレスよ。

で、その袴、京都の西陣織ですの。

ステキでしょう。

 

ちょうど平成10年に履き替えられたそうですよ。

わたしはなんとか次のお衣装をお目にかかれるでしょうか。

奥にはひとつ前の袴が展示されてます。

非常に高価なものなんでしょうね、すごくきれいな状態で残ってます。

鶴、亀甲模様、松。

おめでたい絵柄が並びます。

 

お着替えは女性のみで行われ、男性や一般の方は見られないそうです。

でも見ちゃいけないと言われると、よけいに見たい。

 

阿弥陀さまの横には観音菩薩と勢至菩薩がいらっしゃいます。

こちらはかつて国宝だったそうですが、現在は重要文化財ということです。

小ぶりですが黒くツヤのある美しい仏さん。

切れ長の目が印象的でした。スタイルも抜群。

わたしの友人はフラメンコをしておりますが、

彼女はいつも菩薩像の指先や腰の動きを必ずマネします。

 

優れた傑作といわれるような仏像は、足の指先ひとつにしても

繊細でなめらかな動きが表現されています。

とくに菩薩像は女性的なラインが特徴的で、流れるような衣の表現なんかは

とてもセクシー。インド舞踊などに通じるような腰の動き。

動かないのに今にも踊り出しそうなぐらい躍動感を感じるものもあります。

 

白毫寺(びゃくごうじ)の観音・勢至菩薩像なんかは今にも動き出しそう、というのが

まさにピッタリなほどです。

阿弥陀来迎の様子を表している三尊像なのですが、

阿弥陀様はまだ、ドンっと構えて座ってらっしゃり、

補佐役の観音菩薩と勢至菩薩が今まさに座っている体勢から腰をあげて

人々を迎えに立ち上がろうという、その瞬間をとらえて形にしてあるのです。

ものすごい、前のめり。

 

こういう、その瞬間を感じさせるような表現のしかたというのは

日本独特のものなんじゃないかと思っています。

インドやネパール(行ってきました!また後日記事にしたいと思ってます)の仏像は

動きというものがあまり感じられない。形式もだいたい同じ。

カンボジアなどの仏像も同じ。特にカンボジア方面などに伝わった小乗仏教では

仏像のほとんどがお釈迦様で、指先を地面につけた降魔印(ごうまいん)というものがほとんど。

(悟りを開こうとしている釈迦を悪魔が邪魔しに来た時に、釈迦が指先で地面に触れると大地の神が現れ悪魔が退散した、という説話から。)

 

インドで生まれ、大陸を伝わって日本でもひろく一般の人々に信仰されるようになった仏教。

色んなものと混ざり合いながら独自の信仰ができた。

人々は色んな苦しみの中で生きていて、なんとか救われたい、せめて死んだ後くらい

極楽へ行かせてほしい。そんな思いで毎日「南無阿弥陀仏」と唱え拝んでいた。

そんな民衆を早く救ってあげたい、そんな思いから仏師は

今にも動き出しそうな、自ら前へ身体を傾ける菩薩像を彫りあげた。

 

話はずいぶんとずれていってしまいましたが

同じ仏教といっても様々な考え方があって、習慣があって、

まだまだ奥が深い、この世界。

 

でも、遠く離れたネパールと日本で見つけた同じもの。

ネパールの仏教寺院スワンヤブナートの仏足石。

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そして、奈良の元興寺塔跡に残る仏足石。

bussoku.JPG

 

仏足石とは、お釈迦様の足跡です。

お姿をあらわすことはあまりに恐れ多く、タブーとされていた時代に

人々が信仰の対象として作り出したもの。

 

つくられた場所も時代も違えど、こうして同じものがあること。

とてもとてもロマン。

 

おっと!あまりに熱くなりすぎて気づいてみればものすんごく長い記事になっている!!

そろそろシメないとですね。

とにかくですね、璉珹寺。

機会があれば是非、奈良の散策がてらに立ち寄ってみてください。

すぐ近くにも世界遺産に登録されている元興寺もあります。

(※紹介した仏足石はここでなく、塔跡のほうにあります。)

 

今年は遷都1300年際で色々とご開帳がされてますからオススメです。

嬉しい限り。璉珹寺さんも今年は特別に秋にもご開帳なさるようですよ。

 

大阪での生活をはじめてはや3ヶ月。

やっぱり奈良ってええなぁ。。。と実感。

 

ではでは最後まで根気よく読んでくださった方、ありがとう!!

 

筆者:ふじやん